天に手を、古に舞う

何度目かの清兵衛ブログ

われだれぞ(雑文)

世の最も闇の刻限を知らせる、子一刻の鐘が鳴り響 いた。
何処からだろうか、この参道の先から聞こえたよう には思えない。
この薄靄のせいもあるだろう、光指す行灯の他に明 かりもない参道の先に人気は感じられない。
また、時折見せる納屋の作りに鳥居が見られるとこ ろから、この先にあるとすれば神社であろう。
となれば、すぐ近くに別に寺があるのだろうか。
と、ふと周りを見渡してみるが、薄靄のせいで少し 先の歩いてきたらしい道も見えない。
ふぅとため息をつき、歩みをはじめる。
ペタラペタ、ペタラペタ。
ここまで随分歩いた気もするし、この参道に入った ばかりの気もする。
よく覚えていないが、今の意識はハッキリとしてい る。
ペタラペタ、ペタラペタ。
おや?そういえば私は裸足なのか。
どうしたのだろう。
足裏を覗き込んでみるが、ほとんど汚れはない。
近くで脱ぎ捨てたのだろうか。
ペタラペタ、ペタラペタ。
いったいこの道は何処に繋がるのだろうか。
再び歩 みをはじめる。
カランカラ、カランカラ。
行灯、木、納屋、木、木、同じような景色が続く。
この時期であれば、芒畑に鈴虫や馬追の鳴き声が聞 こえてもいいはずだが、 この参道で今はシンと静寂を守っている。
カランカラ、カランカラ。
おや?
カラン、、、、 いつの間にか下駄を履いている。
これはどういうこ とだろう。
下駄など入れておくような恰好ではないし、まして や今まで持っていたわけがない。
この不可思議な現象の答えにすがるように周りを見 渡すも、別段変わった場所はない。
よくわからないが、この参道には「ナニかある」の だろうか。
そういえば、多少肌寒いようにも感じる。
もっとも、私が季節を過ぎた浴衣姿であるからかも しれないが。
、、、なぜ浴衣なのだろう?
もしや、この先には催し物があり、そこへ向かって 歩いていたのだろうか。
この先に行けば、何か思い出せるだろうか。
カランカラ、カランカラ。
みたび歩みを始めた私は、この参道について考え る。
カランカラ、カランカラ。
所々石畳は崩れ、決して歩きやすいとは言えぬ参道 は、参拝者が多いとは思えない。
カランカラ、カランカラ。
その割にはずいぶん長い。
そもそも、こんなに広い敷地を持ちながら無縁神と なるようなこの場所に違和感を覚える。
カランカラ、ズイラ、カランカラ、ズイラ。
ここに祭らる神は、どんな神だろうか。
カランカラ、ズイラ、カランカラ、ズイラ。
カラン、、、、 、、、、
いつの間にか、着物を羽織っている。
まただ。 どうもおかしい。
もしや夢でも見ているのだろう か。
着物の織をなぞってみると、上等な布を使用してい るようだ。
はて、、そういえば、、、
裸足が不便なので履物があればと思ったら、いつの まにか下駄を履いていた。
肌寒さを感じるので上着があればと思ったら、いつ の間にか着物を羽織っていた。
思ったことが、そのまま叶う。
これが現実であるなら、私はあやかしか何かの類と なろう。
スッ、、、と参道の奥で何かが動いた気がする。
体をこわばらせ、目を凝らす。
それは、件だった。
娘の体に牛の顔。
その深緑の目は、何かを思うように私をじっと見て いる。
声をかけようかと思うと、すぐに闇の中に掻き消え てしまった。
あれは、、、
あれは、私を知っている眼だったように思える。
その眼からは、哀しげであったものの、微かに親し みが感じられた。
追おう。
私は自分のことを知りたい。
あやかしであるならそれはそれでいい。
自分が何者であるかについて、もはや執着に近い想 いが沸き起こりつつあった。
われだれぞ?
いくらか歩くと、前から喧騒のような雑音がかすか に聞こえてくる。
なんだろうか、やはり私が向かうべきはこの喧騒の 場所のような気がする。
カランカラ、ズイラ、カランカラ、ズイラ。
サッとナニカが後ろから駆け抜けていった。
チラと私を見ると、留まりもせずに駆け抜けていっ てしまった。
狐だ。
しかも随分大きな体をしていた。
件といい、皆がこの先に向かっているようだ。
やはりどうもこの先に私に関わる何かがあるらし い。
私は歩みを進むる。
われだれぞ、われだれぞ。
気付けば声に出していた。
何だか気分も高揚していく。
カランカラ、ズイラ、カランカラ、ズイラ。
私は軽い、、もとい狂い歩みを進むる。
われだれぞ?われだれぞ!
気付けばかつて静寂であった参道には、鈴虫や馬追の声で賑やかだ。
行灯だけでなく、所々に提灯まで付き始めた。
カランカラ、ズイラ、カランカラ、ズイラ。
おや、前に沢山いる黒い影は、餓鬼だろうか。
何が面白いのかずっと石を積んでいる。
ちょいと私の後ろに手で合図しながら通り過ぎてみた。
すると、ひょいひょいと私の後ろを付いてくる。
なんだ可愛いげのある奴らだと、ニヤと後を向くと、地蔵好きの青女房まで付いてきている。
お前さんまでよんじゃあいないよ、と思い、クツクツと笑いが込み上げてくる。
われだれぞ!われだれぞ!
人ならざるものの行進は、合唱となり、いよいよ愉しくて仕方がない。
鈴虫達や提灯の灯りどころか、星の瞬きまで行進に合わせてくれている。
私の尻尾はずっと上下にふりっぱなしだ。
おや、ずいぶん歩きにくい格好でここまで歩いたものだ。
私は四つん這いになると、下駄と浴衣を脱ぎ捨て去り、自慢の三又尾をたなびかせる。
われだれぞ!われだれぞ!
魑魅や魍魎、火車や垢舐、果てはがしゃどくろや赤ヱイまで招いた行進はいよいよ大々行列となり、参道の果てに到達した。
大層な社では、これまた座敷童子や鵺、お歯黒様や風神雷神までいる。
その中から鞍馬天狗が遅いじゃないですかいと言うようなことを言いつつ盃を差し出してくる。
盃をくわえ、社のてっぺんに飛び乗る。
そうだ、すっかり忘れていた。
人間に化けるのが楽しくて、それが長すぎたせいで自分のことを忘れてしまっていた。
盃を空に天高くほおりなげる。
零れた酒は、次第に紅葉に替わり、雪に替わり、桜となって地面に落ちたと思ったら、花火となり瞬時にまた天高く打ち上がる。散った花はまた酒に戻り、、、
3周ぐらい見届けると、高らかに笑いながら宣言する。
我こそは出羽より出づる2千年の時を征く化け猫也。
今宵、2百年ぶりとなる百鬼夜行を執り行おうではないか。
世は楽し、おかし。