唐傘売り
「かさぁ、いらんかね」
僕の降りる駅には、珍しく傘売りがいる。
身なりは良くはないが、好好爺という言葉がピッタリなじいさんだ。
傘がコンビニでも買えてしまう世の中で、傘売りが商売として成り立つのかと思うだろう。
不幸にも僕が降りる駅は、ど田舎の無人駅であり、降りてもやっているのかわからない喫茶店が一軒あるだけの辺鄙なところである。
確かに傘を売れば少し高くとも買うかもしれない。
ところが、その傘売りはわざわざ自作と思われる唐傘を売っているのだ。
一度他人が交渉しているところに出くわしたことがあるが、数万という言葉が出ていた。
コンビニで数百円で傘が買える時代に、数万出して一時の雨を凌ぐ輩はいるのだろうか。 (この駅から最寄りのコンビニは40分かかるが)
いくらなんでも足元を見すぎであろう、とそれ以降、唐傘売りに悪い印象を持つようになった。
ところで、僕は、降りた後に必ず駅前の喫茶店に寄ることにしている。
いかにも田舎の個人経営という喫茶店ではあるが、静かに本を読む場所として気に入っているのだ。
そこで、気づいたことがある。
唐傘売りは、雨が降る「前」に現れるのだ。
そりゃあ、一度や二度であれば、天気予報を見て予想したのであろう、そう思うであろう。
「それ」に気づいてから、一年、計14回、必ず唐傘売りが来てから10分以内に雨が降る。
一度たりとも、降らないことがないのだ。
回数を数える内に、とにかく気になってしまった。
思い返せば、確かに降ってないとき、もしくは帰り道に降らないときに唐傘売りは駅に来ない。
いくら有能な天気予報しと言えども、衛星画像と各地の気圧計から今後の天気を割り出すしかない。
ある地点を10分以内に雨が降るかどうかを必ず判断出来る術があるのだろうか。
いてもたってもいれなくなった僕は、唐傘売りに尋ねたが、返ってきた言葉はこうだった。
「かさぁ、いらんかね」
あぁ、話が通じないのかと思い、流れ作業のように唐傘を買うことになった。
痛い出費ではあるが、何か謎を解く鍵になるかと思い、自分を慰めた。